マインドフルネス

美しい天空 イラスト 阿閉真琴

人生をあきらめそうになったことは何回もあった。

すべてが仕組まれたことのように感じてしまったり、

自分自身への懺悔から、もうこの人生をやめようと思ったこともあった。


現実を見ることはとても大切なことだ。

ならば何をもってして

ぼくらはそれを現実と呼ぶのだろう。

もしもこの世界。

現実が全てというならば、目に見えるものしかないのだとすれば、なぜ人々は冠婚葬祭のセレモニーを執り行うのか。


目の前にある現象を、これが現実だと言うのならば、あらゆることが人間を主体として考えてゆくのであれば、なぜ人々はこんなにも占い、宗教、風水に頼るのか。

「もっと着実に現実を見て」と言いながら、なぜ人々は神社仏閣へと向かうのか。


瞳をひらけば世界が見える。

瞳をとじたなら、

そこからは遥か広がる闇がある。

闇は闇としてよく見るならば、そこにまた光が現れる。

“心”が現れる。

真の心。

真心。


占いなんてもういいよ

不思議がスタンダード。

あるがままに


心を見ずに、ただ目的のために

生きてきてしまったのかもしれない。

便利さを追いかけすぎた。

ぼくは便利さを望みすぎたかな。


作詞家になった時、受け取った音源はカセットテープだったんだ。

部屋には、その時のカセットテープが今もある。

かなり貴重な資料だと思うのです。

あの頃、東京の事務所へご挨拶に伺う時、もちろんナビなんてない。

iphoneなんてまだまだ先のお話。

派出所でおまわりさんに尋ねて、地図を見せていただいて、勘のみでたどり着いた。

まるで昨日のことのようだ。


なんでもない田舎の少年が、ありえないような待遇境遇を与えられた。

気がつけばヒット曲を書いてしまっていた。

今となればもう、あれはなんだったのかと思うほどに、不思議な世界のシフト。


作詞家になってからの数年、ぼくは呼吸をしていたのだろうか。

それさえもよくわからない。

もっともっと若き日のぼくは、呼吸を大切にしていた。

目の前の人と呼吸を合わせる。

そうして、人間関係のバランスをとっていた。

元々がマイノリテイー。

どこかあぶれ者な空気感があった。

いつだって心の中で祈っていた。


祈りを忘れないように。

あなたの祈りを大切にしてほしい。

偉そうだけれど、

あとじにそんなことを言われたくない。

ごもっとも

だけれど、

あなたの祈りを大切にしてほしい。


自分自身の人生を最後の最後に救うのは祈り。

それは本当のことだと思います。

宗教なんてなんだっていい。

自分教でもいいから、

あなたの祈りを思い出してほしい。


祈りは叶えられる。

たとえ起きてくる現象が思った形と違っていたとしても、祈りはぼくたちの悲しみを癒してくれる。

祈る優しさが自分自身を包み込んでくれる。


“心”  の上に ”今”  と書いて “念” と呼ぶ。

良き念を心に。

世界は揺れ動いている。

もっともっとこれからも

不思議なことはあるでしょう。

矛盾で溢れることもあるでしょう。

だからこそ祈りを。

まっすぐな祈りを。

祈りはきっと、

風の色さえも変えてしまえるほどの

ぼくたちへの力ある贈りものなんだ。

この人生を歩むために

光として

杖として

羅針盤として

友として

祈りはある。

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