コラム SNSをやめて一年が経ち、今思うこと。

2020年の初頭あたりで、Facebook,インスタグラム,MIXI …

SNSアカウントを全て退会した。

元々、携帯電話はガラパゴス。

それゆえに、外出先では、SNSの確認ができないのだけれど、

PCを開くと、ついつい追いかけるようにコミュニティーの動きを見てしまう。

そんな垂れ流しのような時間がとても馬鹿馬鹿しく思えた。

時を同じくして、

住処もメゾネットからとても小さな築31年のアパートへと引っ越した。

車検を機に19年ほど乗った愛車も手放した。

ミニマリストというわけではないけれど、いくつかのものを手放した。

本当は持ち物をリュックひとつくらいにしたい。

支払わなければいけないものも多くあり、仕事は重要なため、

そんな風来坊な暮らしにもなれず、今の状態で落ち着いている。

理想は方丈記。

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SNSを退会して何が変わった。

不思議なくらいに人と会わないし、出会いの数もものすごく減った。

ほとんど新たな出会いがない…。

こもりきりの生活になった。ステイホーム。

生活をより整えたいという気持ちになった。

実際に日々のルーティーンが変わった。

ぼくは、もうずっと長い間、起きる時間がとても早い。

飲食店を経営しながらも新聞配達をしていた両親の影響か、

今も毎朝2時半には起床する。

そこから朝食を終えてウオーキングまで…

つまり朝7時ごろまで、

毎日毎日、同じことをしている。

祈り、セロリジュース、瞑想、床磨き、ブレインティー、

朝の日記(夜も書く)、読書、食事、ウオーキング。

セロリジュースとブレインティーは最近追加した。

以前はバターコーヒーだった。

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それならば仕事は好調なのかといえば、全くそんなことはなくて、

日々の支払いに追われ、金銭的には余裕が欲しいと願う日々。

では心は?と問われると、

実は今、自分自身の人生では、

一番、安定した心で日々を暮らせていると感じている。

決めつけるような考え方は手放した。

情報社会の中、

SNSによる意見の相違から崩れてしまっているような人間関係もあるという。

こちらにいい顔をすれば、あちらが睨みは、つらいだろう。

ねばならないを看板に生きてしまうと、

つらいことばかりの世の中になってしまう。

ぼくはバカボンのパパよろしく、「これでいいのだ」と生きていたい。

社会的に見れば、いてもいなくても、きっとどうでもいいような、ぼくなのだけれど…。

それでも、こんな風に生きて、少しでも平和を心に描き、

希望を伝えたいと心に確かめて生きる…

この一日一日を大切にしたい。

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買ったままで読みかけだったデールカーネギー著の「道は開ける」を読了した。

過去は過ぎ去った夢のごとし…未来は幻想。

今こそが、あの日に見ていた未来。

人生に望み過ぎてきた今までを、悔やむことはきっと簡単。

だから、白も黒もなく、決めつけることもなく、

思い込みも思い上がりも捨てて、これからを生きてみたい。

どうしようもない50代の男…。

きっとまだまだ何らかの使命があるから、

生かされてしまっているのでしょう。

「もうここで人生はもういい」と思ったことが何度もあった。

それでも今がある。

そんなバチ当たりな感情をのさばらせてきたから苦しみも多かった。

過去を憂えず、明日のことに浮かれず、

今この時の小鳥たちの鳴き声を、雨音の静けさを、

心臓の鳴りを、呼吸から導かれる身体があるという気づきを…

心を観るということを…。

今、ここの安らぎにとどめて、何かを積み重ねていこう。

SNS…ぼくは退会して正解でした。

世の中のこと、全くわからないような日々だけれど…。

こんな人間には、きっと、それくらいがちょうどいい。

あなたはどうだろう?

いい人生を!

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