詩 土の時代 風の時代

2020年12月末、今まさに、

星読みの観点から見たなら、時代が変わるときなのだという。

もう随分と、ぼくは占いのようなもの(風水含む)を見ないようにしていた。


与えられている以上のものを望まない

という考えからなのだった。

それなのに、ここ最近、

インターネットのファーストプラットフォームを開くと

占いの情報が多い。

ついつい見てしまうようになっていた。

ページを開いてみるたびにいつも同じ感覚。

やはり、あまり占いは見ないようにしようと、

また思い直している。


土の時代、風の時代。

ヤマ時代の占いだとか、

神々の交代のようなものがあるだとか、

世紀の節目にはノストラダムスだとか、

今までにも、何を根拠にしたものなのかはわからないながらも

話を聞くと調べてみながら、

それもまたありとして、解釈するようにしてきた。

かなりの占いマニアだった。


昨日、雪の降りしきる舗道を歩いていた。

ふわっと土の香り、におい漂う瞬間があった。

どこからだろうと歩みながら、右側の空き地を見た。

少し雪の積もった空き地。

建物を壊している最中だった。

材木や石、何から何まで、

ぐちゃぐちゃに練り混ぜられた空き地になっていた。

中央は盛り上げられて、

材木と泥とで山が出来上がっていた。


この土もいつか、きっと、

生きていた人間だった。

きっと、そんなときがあった。

ぼくもいつか、魂は天に昇り、

この地上では身体は煙と灰と骨となり、

土に還るときがくるのだろう。

土の匂い漂う空き地の泥のように。

天と地をつなぎ平安なる世界。


大地の泥たち、

雪にまみれながら、

ゴミの山として、

木の切れ端たちとともに何を思うのだろう。

人間たちに踏まれながら痛がることもなく、

何を捨てられようと嫌がることもなく、

きっとダイヤモンドや金銀を降らされても、

「それも私の一部だよ」と言って、

喜ぶこともないでしょう。

何かに酔いしれる

ということもないのでしょう。


山頂に雲がかかることはなく、

全ては夢幻。

低かろうとも高かろうとも、

大地は大地。


土の時代から移動する新時代、

風の時代。

それはどのような時代なのだろう。

ぼくなりに考えてみる。

土はすべてを受け入れる。

あらゆる万象の土台には土がある。

あらゆる万象は土の上に成り立っている。

この地球では……。


ならば宇宙はどうなのだろう。

宇宙全体で観察してみる。

それは無重力

気の流れ。

大地さえもがそこでは

浮かび自ら回転している。


風は自らが動くのか、

仲間たちと共に動くから動くのか。

風を動かすエネルギー源は何なのか。

その原動力は。

何らかの規則性はあるものなのか。

そよ風、嵐、あらゆる風に、

思いがあるならば、

風の時代といわれるようなこの時代。

250年ぶりの新時代をどう生きればいいのか。


そよ風のように、

あるかないかさえ、わからないような、

呼吸が入ってくる

鼻腔のその心地よさ。

呼吸が出て行くときの

たどる風のありがたさ。

お腹の膨らみへこみ。

月の満ち欠け。

潮の満ち引き。

ここに確かに

風がある。


土であろうとも風であろうとも

何を降らされようとも、

どんな暑さだろうと寒さだろうと、

土であろうと風であろうと

火であろうと水であろうとも

あれも、これも、それも

貴重なものも不要に見えるものも。

全てはすでに

ぼくらの自分自身の中にある。

金銀をすでに土が

その中に持っているように。

ゴミも腐敗した汚物も土が

すでにその中に持っているように。

風も火も水も、

(火は燃やし溶かし尽くしそうではあるが・・・)

世界の全てはわかりやすい資質でできている現象。

うたかたの幻。陽炎。

まずは妄想を観察して、

ああ、そんなものかと観察して

あなたらしい風を起こして。


今はただ、あるがままに。

流れる水に風に預けるかのように。

何も嫌がらず、

必要以上に喜ばずに、

ありがとうの気持ちにまっすぐに、

歩めたらいいなと思う、

12月です。

Neo

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